技術メモ兼ADHD闘病記

自分がハッカソンなど参加した参加録とか技術を公開していきます。最近はガジェット系やアスリートやアマチュアドライバーやプロドライバーのことも書いています。今後はADHDの闘病記録も書いていきたいと思います。

過去を追うと心が折れかけてしまいました。

ども、hiro_matsunoです。

どうしても0歳から4歳までの記憶を追うことができないことについに心が折れてしまいました。
この部分が欠落してしまってるんです。
どうしても知りたかったんです。
この部分がADHDの本当の理由を握っていると感じたからとそこ頃の記憶が欠落した謎を解きたかったんです。

それが出来なかったことに心が折れてしまいました。
どうしても知ることができないそれが辛くて母がどんな気持ちで俺を育てたのかを知りたくて。
二日間それを追ってました。
でも、見つけることができませんでした。
俺はお母さんが本当はどんな気持ちで育ててきたのかを知りたかった。
俺は16年間の母しか知らない。
姉は22年間の母しか知らない。
気持ちを追うことは俺は俺の生まれたその理由と一生懸命に育てた母の心に会いたい。
その気持ちでいっぱいでした。
GCCさんで崩れてしまいました。

俺はどうしても知りたいんです。
どうしても知らなければ全てを知らなければならないと思いました。
だから必死にいろんな場所を回りました。
出てこない養育情報を探しながら思ったのは愛情でした。
だけどそれを越えなければ全ては終わらないと思ったんです。
親父や姉の断片情報じゃない母の思いに触れなければならないと思ったんです。
苦しい思いを曽木さんお話しました。
俺は全てを知らなければ乗り越えられないと思ったのです。

このままでは行けないと思いシビックテックミートアップの見学もキャンセルしました。
行ったらどうしても欠落した過去の探し方を一緒に探して欲しいと言ってしまいそうであえて行くことを諦めました。
この状況ではみんなに迷惑をかけかねないと思ったからなんです。
俺はこれが一番の難関だったんだろうと思います。
俺は過去を見つけ出さないと母に触れることすらできないと思い込んでしまってるのかも知れません。
俺が一番母に性格が似ているからなんです。
まぁ、仕方ないんだろうなぁと思います。
諦めません。
ADHDと向き合うためにがんばります。

hiro_matsunoでした。

では。

追伸:社労士の田中先生ありがとうございました。
        先生のお気持ちありがたいと思います。
        俺が一番恐れていたことに向き合うことが出来そうです。
        お時間はいただくことになるかも知れませんがお待ちください。