技術メモ兼ADHD闘病記

自分がハッカソンなど参加した参加録とか技術を公開していきます。最近はガジェット系やアスリートやアマチュアドライバーやプロドライバーのことも書いています。今後はADHDの闘病記録も書いていきたいと思います。

大変なことになってきてるな

ども、hiro_matsunoです。

オミクロン株更に怖いことになっている。
また、大都市圏が患者が多い状況。
俺も東京にいつ行けるか考える日々が続く状態ですね。
一回は行ってきたいんだけど。

正直東京に一回行ってきたいのは常に感じていることなんですね。
どうして感染が広がるのかをこの目で見ておかないといけない気がするんです。
俺も常に会いたい人も増えてるし一回はCode for Japan本部に顔出さないといけないって感じていることなんですよ。
オリメンの皆さんと顔付き合わせて話をしたいですしね。
オリメンとはCode for Japan立ち上げメンバーのことで自分もこの中の一人です。

あと亜衣ちゃんと会いたいと言う気持ちもあるんですよね。
彼女多分気が付いてはいないんだけどアーキテクト脳を持っていると思うんですよ。

俺って頭の悪い割には中学校・専門学校も成績上位者の近くにいたこともありいつも救われていたんですよね。
と言うか数学以外は至って普通の成績だったんです。
数学がどうしても好きになれない割には構造を追求することが好きだったんですよ。
なぜ数学が嫌いになったのかは小学校2年の三桁の引き算ができなかったことに発端があったんですけどそれ以降全く算数・数学というものが理解できなくて苦労しました。
ようやく数学が理解できたのは専門学校に入ってプログラムロジックを学んでからなんですよね。
プログラムロジックは複雑なものを簡単にしてくれるなど色んな副次効果がありました。
ロジックを知ることで数学が理解ができるようになったんです。
これが俺のアーキテクト脳の最初の発現状態だと思います。

オープンソースに傾倒したのは働き始めて2年後に出会うある人物によってLinuxを見せてもらってこのカーネル理解したいと言うことが発端なんですよ。
分解して理解して学んで説明する。
これが今の俺を支えくれてます。

そのあとJ-Phoneで二つ目の才能であるエンジニアリング脳が発現するわけなんですけどそれは管理できる人がいなくなってしまった事態で一番経験があったのが自分だったと言うこともありチームをある意味率いなければならない状況になってしまったことが俺に二つ目の才能を開花させました。
この才能はこの後は色んな形で見せることが多くなります。
ハッカソンなどでリーダーやメンターなどができるのは何故と言われるとこの才能が元になりできたと言えます。
実は今この才能を元に戻せないかを考えているところです。
なかなか難しいんですよ。
ロジックを書く能力もこの能力ですしチームを率いることも難しくなるんですよね。
約10%しか戻ってないんです。
回復が難しいのは左脳なんですよ。
右脳は簡単に戻ってくるけど左脳の回復は徐々にと言うことになってくるんです。
今が一番苦労している状態だとも言えます。

まぁ、無理はしないです。
無理しても精神を壊して左脳の機能を不全状態になってしまっても意味がないですからね。
無理しないで頑張る方向性を今考えています。

うーん🤔。
ゆっくりとした努力が自分を変えるとしか言えないですね。
ゆっくりと頑張ります。

hiro_matsunoでした。

では。